前から気になってたけどテーマがテーマだけに
やっと見た作品、「 ゆれる 」。
兄弟共通の幼なじみが、
川のつり橋から落ちて死んだことから広がっていく波紋を
故意なのか事故だったのかどうにでもとれるような伏線をちりばめて
最後まで謎のままで(はっきりと言明はしないで)いくタイプの映画なのですが。
そういう細かなことが気になるよりも何よりも
兄ちゃん役の香川照之、
超こえええええぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!
作り出す表情のはかりしれなさや
彼が元々もってる自我を100%放り投げて役にイっちゃってる感、
この人の、この演技の深さと異様さや奇怪さがなかったら
このミステリーはここまで不安定にどっちつかずな感覚を覚えさせるものには
なってなかっただろうなぁ。
つまりは一人の人間の底深さや奇妙さや複雑さを表現できているというわけで。
この人いったいどんな深い引き出し持ってんのよ!!
っていうか人間のブラックな部分を
どこまで正面切って見つめられるんだか!!すごすぎ!!
ってもー見てる間中、彼の才能のすごさに畏怖を感じまくり。
陽の感情表現をこなせることも素晴らしい才能ですが、
陰の感情表現をこなせるというのは、本当に、けっこうな心や精神のバランスを保つ強さがいると思うので
そんな度量のある俳優ってそうそういないと思います。
陰の部分って、あっても、隠したくなるでしょう?普通。
(気味悪がられたくないとか悪く見られたくない、かっこわるい、とか)
仮に出そうとしても、自分の中の見たくない扉開いちゃいそうで
なかなか全開に出来るものじゃないと思うのです。(なんつーか無意識の心の安全装置みたいなものね。)
だから結果ウソくさくなり、こちらもたいがいは見ても怖くないものです。
でも彼はみごとにそんなのうっちゃって、
見事に作品のテーマに自分を投げ出してるナァと思いました。
見事な役者魂!ブラボー!!
あぁホントすごい。
ホント怖かったなぁ。
以前記事書いた※時よりも
ますますもって興味津々ドキドキわくわくで追っている彼女、Lady GaGa。
今回もBad RomanceのPVが。
キ
キテるなーーーーーーーー!!!!!!(ホントにパソコン前で叫んだ)
でね、なんで私は彼女の表現が好きかなー
時々ぎょっとしたり、
え、と思ったり
うぇええと思ったりするのに。
と思ってたんだけど
分かった。
今回分かりました。
彼女が、女性である自分の体すら、アートの素材として扱っているから。
だから、常識的な、”女”としての範疇から外れている表現やPVの中の行為に
びっくりはするんだけれど
ワクワクもするの。
なぜなら彼女が女性という属性の一部を持っていても、
それに彼女自身が規定されていないから。
(それを見せられることは人によっては嫌悪感という恐怖や憎しみを感じる場合もある)
そして、外れた上で、
彼女自身が全身全霊で何を目指しているか、何に忠誠を誓っているかというと
彼女の感じる美への追求。
だから私自身は、
今まで無意識に自分の中にあった(刷り込まれた?)
”女”としての常識を外している彼女の表現を見ると
えぇ!とか、うぇぇ!!とか思うんだけど、
でも、ドキドキするし楽しいんだよね。
本気さと美意識を感じるから。
そして規定されていない未知の世界への自由と無限さを感じるから。
彼女はインタビューで「自分が作ったアートの中で死ぬの」と言っていたんだけど
本気や。本気やね。
ダンスやファッションを表現する才能と
歌とソングライティングの才能も高レベルであるって…
ダヴィンチだよ…すごいよなぁ…
↓ うむ。キテる!
↓ voice in soul!
もういつからファンなのか分からないのだけど、
彼のダンスを見るたびに幸せをもらい、
そして自分が年を経てくるにつれて、彼の歌詞が深く染み入るようになった。
そして彼のどういったところ、どういう部分が好きなのか、尊敬をしているのかというのは
こうやって文字や言葉にすればしただけ
こぼれ落ちていくほどに、大きくて、もう表現するのは絶対無理なことは分かっている。
だけどね、彼がいなくなって、
NHKでやってた彼の軌跡をたどる特集を見たとき、
私はぜんぜん彼の本気をわかってなかったんだナァと改めてわかって、
なんだろう、
イエス・キリストを怪しいよねっつって十字架かけた人々の
その後のような気持ちがよく分かった。
その、罪滅ぼしのような気持ちもあって、ここに書く。
それを感じたのはBADの小ストーリー部分を見たとき。
それは、昔の仲間達がちょっとした犯罪をするのを、それが悪か?そんなのが悪か??
ホントの悪はこうだよ!!というカンジにマイケルがダンスをしだすストーリーなのだが。
私はこれを初めて見たとき、
ちょっとした寸劇によってギャング達が「負けたよ…」というセリフを吐くのを、
「う、うーん。そうか?」
と感じた。
あんまり説得力なくて。
そして目はおめあてのダンスだけに行った。
そしてついこないだ友達とそれを語った時も
「いやいやいやいや、マイケル?これで負けたはないよね?
あーみんかと思ったよ。(大爆笑)」
いやもう、恥じ入る。
つっこむのも愛ゆえとはいえ、私はぜんぜん分かっちゃいなかった。
その頃のマイケルは20代だろうか、
これがホントの悪だよ!と言って歌って踊った時、
たしかに、言葉と表現力がまだついていってなかった。
たしかに、説得力はなかった。
だけど
かれは本気で言っていたのだ。
人に力を見せつけることが強さじゃない
と。
表現できたかできなかったかではなく、
私のような浅はかなファンがつっこんで爆笑することすらも分かった上で
彼は本気でやっていたのだ。
自分の信じることを。
彼のその本気さは、
作品の軌跡と
彼の人生をたどっていけばいくほど、明らかになっていく。
観客を最高に楽しませつつ
自分自身の全てをエンタテイメントにささげながら
どれだけつっこまれようと
彼は本気で伝えていた。
土曜の騒ぎに彼女を連れて行ったのさ
あの娘とかって? そうさ 僕らは何一つ変わらない
僕は奇跡を信じる
そして今夜 奇跡が起こったんだ
君が僕の恋人のことを考えてるんなら
白か黒かなんてことは関係ないのさ
サタディ・サンに僕のメッセージが印刷されてる
僕は記者たちに誰にも負けないと言わなきゃならなかった
僕は平等について話した
君が間違っていようが 正しかろうが 真実さ
君が僕の恋人のことを考えているんなら
白か黒かなんてことは 関係ないのさ
悪い奴にはウンザリなんだ
こんな話にはウンザリなんだ
事態が悪くなったときに お茶をにごすような仕事にはウンザリなんだ
お前の兄貴なんか怖くない
シーツなんか怖くない
僕は誰も恐れない
どんなにみじめになっても
(「 Black or White 」PVより)
わたしはこの、
”僕は誰も恐れない どんなにみじめになっても ”の言葉をあらためて読んだ時、
彼が本当にその人生で体現していて
その本気さが初めてわかって、
だからこそ
どんだけ賢くて強いんだよマイケル…!!
と泣けてきてしまった。
人に力を見せつけることが強さではない。
そのメッセージのとおり、
彼は人に対して、力でやり返したりしたことはない。
ただただ、自分の体だけを痛めつけていただけだ。
自分自身だけを。
そしてそれでもなお、素晴らしいエンタテイメントを通して
自分の信じていることをやり遂げたのだ。
私たちにそれを見せ続けてくれたのだ。
私は、彼はガンジーのようだと思った。
そしてマザーテレサの言葉を思い出した。
《それでも》
人々は、理性を失い、非論理的で自己中心的です。
それでも彼らを愛しなさい。
もし、いいことをすれば、
人々は自分勝手だとか、何か隠された動機があるはずだ、と非難します。
それでもいい行いをしなさい。
もし、あなたが成功すれば、不実な友と、ほんとうの敵を得てしまうことでしょう。
それでも成功しなさい。
あなたがした、いい行いは、明日には忘れられます。
それでもいい行いをしなさい。
誠実さと親しみやすさは、あなたを容易に傷つけます。
それでも誠実で親しみやすくありなさい。
あなたが歳月を費やして建てた(完成した)物が、
一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。
それでも建て(完成し)なさい。
ほんとうに助けが必要な人々ですが、
彼らを助けたら、彼らに襲われてしまうかもしれません。
それでも彼らを助けなさい。
持っている一番いいものを分け与えると、
自分はひどい目にあうかもしれません。
それでも一番いいものを分け与えなさい。
[カルカッタの〈孤児の家〉の壁に書かれた言葉より] ※
彼の死、自体に私は悲しみはない。
淋しさはあるけれど、
彼の繊細さ純粋さを考えると、肉体を持っていないほうがよほど
幸せだろうと思うから。(もうお金にも家族にも体の痛さにも囚われなくていい)
だから
今までありがとう、しかないし、
逆に、そんな世界を君たちはどうするの?続けるの?って
バトンタッチされたんだと思う。
私自身やファンの一人ひとりがその志をどう受け継ぐか、だろうと思う。
ここで書いたことは一ファンとして、
彼から与えられたものに対して感じたことだから
私には純粋な愛しか感じない。
人によっては彼の私生活のことを通して
彼が成し遂げたことにすら
うがった視線を送ったりもするのだろう。
でも私は
彼の個人的なことに関して、真実はこうだと言及はできないし、する資格もない。
人間だれしもがそうなように
家族のことはその家族の者にしか分からないから。
そしてある出来事について
何が起こったのかを問う資格があるのは、その当事者だけだから。
私に分かるのは、
彼が偉大な才能を、本当の強さを
どれだけ浴びるほど与えて見せてきてくれたか、ということだけだ。
だから私は彼を尊敬し、愛しているんだと思う。
彼が人であったことを、
彼が私と同じ体を持ち、息をし、動いていたことを、愛しく思うくらいに。
彼が向こうの世界で、彼の望む愛に出会えますように。
心からの楽しさと喜びとともに 歌い、踊っていることを願っています。
2009.7.21
彼のダンスを見るたびに幸せをもらい、
そして自分が年を経てくるにつれて、彼の歌詞が深く染み入るようになった。
そして彼のどういったところ、どういう部分が好きなのか、尊敬をしているのかというのは
こうやって文字や言葉にすればしただけ
こぼれ落ちていくほどに、大きくて、もう表現するのは絶対無理なことは分かっている。
だけどね、彼がいなくなって、
NHKでやってた彼の軌跡をたどる特集を見たとき、
私はぜんぜん彼の本気をわかってなかったんだナァと改めてわかって、
なんだろう、
イエス・キリストを怪しいよねっつって十字架かけた人々の
その後のような気持ちがよく分かった。
その、罪滅ぼしのような気持ちもあって、ここに書く。
それを感じたのはBADの小ストーリー部分を見たとき。
それは、昔の仲間達がちょっとした犯罪をするのを、それが悪か?そんなのが悪か??
ホントの悪はこうだよ!!というカンジにマイケルがダンスをしだすストーリーなのだが。
私はこれを初めて見たとき、
ちょっとした寸劇によってギャング達が「負けたよ…」というセリフを吐くのを、
「う、うーん。そうか?」
と感じた。
あんまり説得力なくて。
そして目はおめあてのダンスだけに行った。
そしてついこないだ友達とそれを語った時も
「いやいやいやいや、マイケル?これで負けたはないよね?
あーみんかと思ったよ。(大爆笑)」
いやもう、恥じ入る。
つっこむのも愛ゆえとはいえ、私はぜんぜん分かっちゃいなかった。
その頃のマイケルは20代だろうか、
これがホントの悪だよ!と言って歌って踊った時、
たしかに、言葉と表現力がまだついていってなかった。
たしかに、説得力はなかった。
だけど
かれは本気で言っていたのだ。
人に力を見せつけることが強さじゃない
と。
表現できたかできなかったかではなく、
私のような浅はかなファンがつっこんで爆笑することすらも分かった上で
彼は本気でやっていたのだ。
自分の信じることを。
彼のその本気さは、
作品の軌跡と
彼の人生をたどっていけばいくほど、明らかになっていく。
観客を最高に楽しませつつ
自分自身の全てをエンタテイメントにささげながら
どれだけつっこまれようと
彼は本気で伝えていた。
土曜の騒ぎに彼女を連れて行ったのさ
あの娘とかって? そうさ 僕らは何一つ変わらない
僕は奇跡を信じる
そして今夜 奇跡が起こったんだ
君が僕の恋人のことを考えてるんなら
白か黒かなんてことは関係ないのさ
サタディ・サンに僕のメッセージが印刷されてる
僕は記者たちに誰にも負けないと言わなきゃならなかった
僕は平等について話した
君が間違っていようが 正しかろうが 真実さ
君が僕の恋人のことを考えているんなら
白か黒かなんてことは 関係ないのさ
悪い奴にはウンザリなんだ
こんな話にはウンザリなんだ
事態が悪くなったときに お茶をにごすような仕事にはウンザリなんだ
お前の兄貴なんか怖くない
シーツなんか怖くない
僕は誰も恐れない
どんなにみじめになっても
(「 Black or White 」PVより)
わたしはこの、
”僕は誰も恐れない どんなにみじめになっても ”の言葉をあらためて読んだ時、
彼が本当にその人生で体現していて
その本気さが初めてわかって、
だからこそ
どんだけ賢くて強いんだよマイケル…!!
と泣けてきてしまった。
人に力を見せつけることが強さではない。
そのメッセージのとおり、
彼は人に対して、力でやり返したりしたことはない。
ただただ、自分の体だけを痛めつけていただけだ。
自分自身だけを。
そしてそれでもなお、素晴らしいエンタテイメントを通して
自分の信じていることをやり遂げたのだ。
私たちにそれを見せ続けてくれたのだ。
私は、彼はガンジーのようだと思った。
そしてマザーテレサの言葉を思い出した。
《それでも》
人々は、理性を失い、非論理的で自己中心的です。
それでも彼らを愛しなさい。
もし、いいことをすれば、
人々は自分勝手だとか、何か隠された動機があるはずだ、と非難します。
それでもいい行いをしなさい。
もし、あなたが成功すれば、不実な友と、ほんとうの敵を得てしまうことでしょう。
それでも成功しなさい。
あなたがした、いい行いは、明日には忘れられます。
それでもいい行いをしなさい。
誠実さと親しみやすさは、あなたを容易に傷つけます。
それでも誠実で親しみやすくありなさい。
あなたが歳月を費やして建てた(完成した)物が、
一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。
それでも建て(完成し)なさい。
ほんとうに助けが必要な人々ですが、
彼らを助けたら、彼らに襲われてしまうかもしれません。
それでも彼らを助けなさい。
持っている一番いいものを分け与えると、
自分はひどい目にあうかもしれません。
それでも一番いいものを分け与えなさい。
[カルカッタの〈孤児の家〉の壁に書かれた言葉より] ※
彼の死、自体に私は悲しみはない。
淋しさはあるけれど、
彼の繊細さ純粋さを考えると、肉体を持っていないほうがよほど
幸せだろうと思うから。(もうお金にも家族にも体の痛さにも囚われなくていい)
だから
今までありがとう、しかないし、
逆に、そんな世界を君たちはどうするの?続けるの?って
バトンタッチされたんだと思う。
私自身やファンの一人ひとりがその志をどう受け継ぐか、だろうと思う。
ここで書いたことは一ファンとして、
彼から与えられたものに対して感じたことだから
私には純粋な愛しか感じない。
人によっては彼の私生活のことを通して
彼が成し遂げたことにすら
うがった視線を送ったりもするのだろう。
でも私は
彼の個人的なことに関して、真実はこうだと言及はできないし、する資格もない。
人間だれしもがそうなように
家族のことはその家族の者にしか分からないから。
そしてある出来事について
何が起こったのかを問う資格があるのは、その当事者だけだから。
私に分かるのは、
彼が偉大な才能を、本当の強さを
どれだけ浴びるほど与えて見せてきてくれたか、ということだけだ。
だから私は彼を尊敬し、愛しているんだと思う。
彼が人であったことを、
彼が私と同じ体を持ち、息をし、動いていたことを、愛しく思うくらいに。
彼が向こうの世界で、彼の望む愛に出会えますように。
心からの楽しさと喜びとともに 歌い、踊っていることを願っています。
2009.7.21
『 Porker Face 』 のあのPV がなぜか気になって、
動画をさがしてたら
このAcoustic Liveを発見。
彼女のポテンシャルの真髄をみた。
これを見て彼女の才能にひれ伏したよ。
(サイト見失いそうになったのでここにメモ!)
http://www.youtube.com/watch?v=nwdXnlvUe3I
だってこんな、おうちの中でのリラックスシーン…な感じで弾いてるのに
才能のボリュームがいきなり
120% ⇒ 50% ⇒ 25% ⇒ 500%
みたいな感じで変動するんよ。軽々と。
もーあなたどこまで底なし??!!!?
ひー!!そんなアレンジ!詠唱!!ハミング!!フリーダム!!!(?)
ということで
えっれー驚いた。感銘をうけました。
すごい。
セクシーなダンスミュージシャンというのは、単なる一部分なのね。
なんかありあまる才能で、どうとても出来るけど、
さぁ何しよっかな。
っていう感じがするのよ。彼女。
で、
人ってこんなの見たいんでしょ?じゃやるよ。
って
こちらの興味を引くものも用意するエンタテイメント性。(好き嫌いはあれ。)
この先、このもてあまし気味にも見えるくらいの才能を
彼女がどういう方向に向けるのか
ちょっと興味ある。
いろいろ『 Porker Face 』 の Acoustic Live 動画があるんだけど、
なにせ簡単に弾けて歌える人なので
何回もプロモーションでやってるせいか、飽きがち+ゆるめにやっちゃってるのもあります。
(才能ボリューム50〜90%、一瞬100〜120%くらいで)
その中でも、この動画は
彼女の集中力と柔軟性が高レベルでまんべんなく出ているのでオススメです。




